ロシアの市場経済化では、ミクロ面すなわち経済主体の構造と行動様式にたいする世界的な関心が強まり、近年企業のコーポレートガバナンスが実証的に研究されてきた。本研究は、移行の初期から形成された金融・産業グループという金融集団の形成と行動、市場移行に及ぼす影響を実証的に検討した。 1.ロシアでは市場移行に先立ち金融機関の形成と民営化が行われ、移行後も旧社会主義経済の惰性が強く作動していることを明らかにした。経済主体には福祉などの公共財供給機能が留保されており、そのことが惰性を保証している。 2.金融・産業グループ、とりわけその中心の金融部門は政府との結びつきを基礎にして形成されており、行動様式のなかにレントシーキング、ロビー活動、利害集団による交渉が作動していたことを論証した。こうした行動は経済主体間の利害バランスの上にあり、それにより、外観の経済的不安定さにもかかわらず、ロシア経済は一定程度の「安定性」を確保してきた。 3.金融・産業グループ形成における企業と銀行の相互の結びつきでは、市場移行過程で企業主導から銀行主導にかわり、グループ形成が市場の投機性を高める結果となった。金融・産業グループの形成は市場の安定化と不安定化の両方の役割を果たしたことを論証した。 4.ロシア金融危機は国際的な危機の伝染を基礎にしているが、国内における財政の不安定さと経済主体の政府にたいする依存的な体質が危機を引き起こす国内的要因になっていることを証明した。その結果、ロシアの金融危機は経済政策の失敗、あるいは「市場の失敗」ではなく、ロシア経済に固有の歴史的条件、初期条件が強く働き、「政府の移行の失敗」が作動した結果であると考えられる。少なくとも、経済危機後の金融部門、企業の行動において、市場適合的な行動が部分的に検出できるが、同時に惰性的な側面の再生産も検出され、ロシア危機要因はなお温存されていると考える。
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