研究概要 |
シチズンインカム構想がアンチ「福祉国家」たる性格を有する所以は、所得保障が(1)家族を単位としてではなく個々人に対して行われること、(2)他の所得の有無を問わず行われること、(3)現在及び過去の労働履行を要求することなく行われることにある。だからこそ、一方では、女性の労働力化が大きく前進するなかで、性別分業に基づく伝統的家族の崩壊や高齢化、シングルライフの増大など家族形態の多様化が進展し、他方では、増大する失業率や、派遣、パートなど不安定就労の増大、雇用形態の多様化が進むなかで、完全雇用政策が行き詰まりを見せるという、戦後「福祉国家」の前提条件の大きな揺らぎが、ヨーロッパを中心としてシチズンインカム構想の真剣な議論を呼び起こしているのである。 今年度の研究は、オランダで開催されたBIENの第7回国際会議に出席し、シチズンインカムと完全雇用政策との関連、シチズンインカムの持続的な財源調達、社会ヨーロッパとの関連などに関する30数点の報告論文を入手するとともに、ベルギーのルーベン・カソリック大学教授ヴァン・パライス氏からは、教授の最近の著書Real Freedom for Allとその反響を中心にシチズンインカム論に関する議論の状況を伺ったこと、そして、「福祉国家」関連文献の入手とその整理を進める形で遂行していった。 具体的な研究成果には結実してはいないが、重要な今日的論点として注目しているのは、労働や社会参加への動機付けとの関連である。中心的論者の一人であるA.B.アトキンソンが、最近の著作(A.B.Atkinson,Incomes and the Welfare State,1995.)で、シチズン・インカムではなくparticipation income(参加所得)を、との主張を行っていること、フランスの社会科学者A.ゴルツが、低賃金と不安定雇用への免罪符としてはならないと主張していることなどに注目しつつ、論文執筆と関係学会への報告の準備を進めている。
|