戦後「福祉国家」の枠組みを根本的に転換しようとする最低所得保障としてのシチズン・インカム(以下、ベーシック・インカムの呼び名を使う)構想は、第一に、資力調査に伴うスティグマや「失業と貧困の罠」から社会保障給付を解き放つこと、第二に、性別分業にもとづく核家族モデルから人々を解き放ち、個の自立にもとづく家族、ネットワーク形成を含むさまざまな社会的共同組織の形成を促す基礎を提供すること、第三に、労働市場の二重構造化が進み、不安定度が強まる労働賃金への依存から人々の生活を解き放つと同時に、「完全雇用」と結びついた現行の社会保険制度の限界を乗り越えた普遍的なセイフティネットを国民に提供すること、第四に、国家による社会保障給付という「国家福祉」と税控除による「財政福祉」とに分断されている現行の税-社会保障システムを統合し合理化することなど、今後の新しい「福祉国家」なり人間福祉の実現を図る福祉社会を展望しようとする際に検討されるべき有力な構想となりうるものである。 また、失業の増大、ホームレスの増加など社会的排除の強まりに対抗する福祉政策の展開として世界的に注目されてきているワークフェア的所得保障政策と、ベーシック・インカム構想の交差状況に着目しながら、所得保障と就労支援政策の両方が必要であること、しかしながら所得保障の条件に就労(アンペイドワークや社会貢献活動など広い意味の労働であれ)を義務づけることは、資力調査の代わりの地位にいわば「労働調査」を据えることになり、家事労働やボランティア活動の本質を損なう結果になることを論じた。 さらに、ベーシック・インカム保障は労働時間の大幅な短縮とワークシェアリングがともに進められることが必要であり、そのことによって過剰な消費主義が是正され所得と労働の人間化も進むものであることを論じた。
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