本研究の課題である第一次大戦前、近代日本の米穀市場の再編過程を、(a)産地の産米改良、(b)輸送条件の整備、(c)大都市の市場構造変化、(d)全国の米穀流通の実態把握、に即して資料を収集し研究を進めた。主な収集資料は、(a)秋田・宮城・新潟・富山・岡山・山口・熊本など各産地の産米改良に関する県庁文書や刊行資料、(b)海運・鉄道輸送に関する年報、統計書、(c)東京深川・大阪堂島の取引所に関する刊行資料、堂島の内部資料、県統計などに掲載された各地の取引所のデータ、(d)全国的な鉄道・海運の輸送統計や主要産地の県統計、などである。それ等の分析の結果、(a)地租改正前後から進む粗製濫造に対し、主要産地では、日露戦争前後に始まる府県営の産米改良(米穀検査)に先立ち、1890年代から同業組合や行政機関の主導による産米改良が始まり、有力産地間の競争がおきた。これらは乾燥の徹底、俵装の整備、容量の充足とその等級化を図り、産米の規格化・標準化を目的とするものであった。(b)産米改良の進展は汽船・鉄道など輸送条件の整備と密接に関わった。産地が如何なる性格の需要地とどの様な輸送方法で結びつくかによって、産米改良の進展度合は多様であった。(c)東京深川・大阪堂島の二大市場は定期取引と結びつきながら、遠隔産地との取引を円滑に拡大した。両市場の廻米商たちは産地に対し、規格化・標準化を目的とする産米改良を呼びかけた。また、大都市の中下層や北海道市場では低質米需要が新たに生じて、産米改良の進展が遅れた地域の産米も吸収した。(d)以上の作業を通じて、大都市需要の拡大と輸送条件の整備を前提として展開する産地の産米改良が遠隔地産米の商品化を促進し、また低質米の規格化・標準化により大都市などでの安価な低質米需要に応えるという、拡大する当該時期の米穀市場の再編過程を実証的・総合的に検討した。
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