本年度は1)資料の解読と整理、および、2)これまでの研究成果の一部についての口頭発表を行なった。1)年度前半には、ロンドン市(corporation of London)の金庫(chamber)の会計簿の原簿であるCash Book(ロンドン市文書館)の整理を中心に進めた。ここにはどこからどれだけの収入があったか、だれにいくら払ったかが、1日ごとに記録されている。読解には困難を伴うマニュスクリプトで多大な労力を要したが、1年分(1670年度)を完全に転写し、およそ2100件の収支に関する記録をデータベース化することができた。このデータの分析により、単年度に限ってではあるが、ロンドン市の財政収支の詳細を明らかにすることができるようになった。その詳細な分析は最終年度に行なう。また研究の進展に伴い、ロンドンの財政状況をより正確に把握するためには、ロンドン市金庫以外に、区や教区の財政状況をも掌握することが不可欠であることが判明した。そのため年度の後半は、区の記録(Wardmote Inquest Book)の解読と分析を行なった。その結果は、『早稲田大学人文自然科学研究』に発表した。2)資料の整理と並行してロンドン市の財政に関する刊行資料や研究の整理も行い、それをもとに、「17世紀ロンドン市財政をめぐる諸問題」という標題で「イギリス中世史研究会」(5月17日、早稲田大学)にて口頭発表した。17世紀ロンドンの社会経済的背景、Cash Accountを始めとする財政資料の紹介とその限界、これらの資料から明らかにされるロンドン市の財政機構、および収支状況とその変化、孤児裁判所と都市財政の結びつき、財政の赤字の大幅拡大、市財政と市民権の問題、財政再建のための委員会活動等について包括的に論じるとともに、財政悪化の問題がロンドン市の統治システムの変化とどのように関連しているかを報告した。
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