原子核反応では、陽子・陽子反応で粒子を生成するのに必要な入射エネルギー以下でも粒子を生成することができる。これを「しきい値」以下の粒子生成(subthreshold particle production)と呼んでいる。「しきい値」以下の粒子生成は、これまで主にπ生成について研究が行われ、原子核内部を探るプローブとして重要な役割を果たしてきた。1990年前後からは反陽子生成について、また、90年代後半からはK中間子生成についての研究が盛んになってきた。 我々は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の陽子シンクロトロン(PS)を用いて、陽子、重陽子、α粒子(^4He原子核)を入射粒子とし、炭素、アルミニューム、銅を標的核として「しきい値」以下の反陽子生成を系統的に測定した。その結果、重陽子入射で反陽子生成が異常に増加していることが判明した。フェルミ運動を取り入れたモデル計算と比較して、核子あたり4GeVで約1桁、核子あたり3GeVでは約2桁も実験データが多いのである。重陽子入射反応での反陽子生成は、これまでの我々の知識では説明ができない。 重陽子・原子核反応において反陽子生成が異常に増加する原因を探るために、研究対象を反陽子生成だけではなくK中間子生成へも広げ、より系統的に調べることが重要である、との認識の基に研究を進めている。本年度は、「しきい値」以下のK中間子生成の測定を行っているドイツ・重イオン研究所(GSI、ダームシュタット)の研究者と意見交換や我々とのデータの比較を行い、実験計画を練るとともに、KEK-PSにガスジェット標的を設置して、K中間子生成実験を実施する可能性を検討した。後者については、かなりの困難が予想されるものの、不可能ではないと考えられ、より詳細の検討を開始した。来年度も引き続き、検討を続ける。
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