研究概要 |
内殻から外殻への電子遷移を伴うX線吸収の磁気円二色性(MCD)スペクトルの積分強度と、強磁性体中の原子のスピン・軌道磁気モーメントを結びつける総和則を用いて、磁性遷移金属多層膜の軌道磁気モーメント(以下M_0と略)がバルクのそれより大きくなることが指摘されている。この研究では、PdとCuマトリックス中に種々のCo原子超構造を仮定した系に対し、d軌道内の電子間多重極相互作用を考慮したタイトバインデング模型をハートレー・フォック近似で取り扱うことにより、Co原子のM_0の原子環境依存性を理論的に調べた。強磁性を仮定する限り、Pdマトリックス中では、Pdの大きい格子定数を反映して、CoのM_0はバルクのそれに比べ2倍程度大きくなるが、最近接位置に来るCo,Pd原子の数にあまり依存しない。これに対し、Cuマトリックス中では、Co-Cu間の3d軌道の有効混成が、Co-Co間のそれに比べてかなり小さいため、Coの最近接位置をCu原子で囲まれた場合、CoのM_0はスピンモーメント同程度にまで大きくなり得ることを示した。 次に、LaMnO_3におけるMn3d軌道の反強的軌道秩序と、MnL_<2,3>吸収線二色性の関係を、多重極相互作用と結晶場を考慮した1イオン模型に基づき理論的に調べた。最近、Mn K吸収を利用した共鳴X線散乱が、この系の軌道秩序の直接観測法として注目を集める一方、この方法が、Mnの周りの酸素を含めたMnO_6クラスターの変形を観測しているに過ぎないという指摘がある。この研究は、X線吸収スペクトルに現れる多重項構造が、軌道秩序の種類を特定する上で「指紋」としての役割を果たし得ることを示した。
|