本研究では、光誘起現象の初期過程における物質の構造変化を調べるために、新しい原理のフェムト秒時間分解ラマン分光装置を開発し光異性化を起こす色素分子に応用した。 新しい方法では、狭帯域のラマン励起パルス光と超短パルスの検索光を用いて誘導ラマン散乱を測定することで過渡的状態の振動を測定する。これによりフェムト秒領域で実用的なスペクトル分解能をもつ時間分解ラマン分光装置の開発に世界で初めて成功した。現在、実用的に得られている分解能は、250fsと25cm^<-1>であり、さらに15cm^<-1>のスペクトル分解能も可能である。この分解能はすでに単一パルスのフーリエ変換限界を超えており、従来の方法では原理的に達成不可能なものである。狭帯域パルス光と超短パルス光の組み合わせは、ラマン分光だけでなく非線形光学効果を用いた分光法全般に応用できると考えられ、フェムト秒分光の可能性を大きく広げるものと期待される。 開発した装置を実際にDCM色素に応用し、トランスーシス光異性化に伴うラマン信号変化をフェムト秒の時間分解能で測定することに初めて成功した。この信号は光励起後0.3ps以内にすでに現れており、構造変化を伴う緩和が光励起直後に起きていることが示された。さらに極性溶媒中における電荷移動(ChargeTransfer)状態の生成をラマン信号の変化として捕らえた。このことは、時間分解ラマン分光が物質の構造変化を測定するだけでなく電子状態の変化をも敏感に捕らえうることを示しており、時間分解ラマン分光の応用範囲をさらに広げるものである。
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