本年度、1素子の反応の再現性が大幅に改善され、非線形散逸系の新たな実験系確立に目途がたった。また、本題である確率共鳴(SR)現象を利用した生体の情報処理に関しては、電気回路による2段結合の実験を行い、多段化よりも多素子並列化による信号処理の方が生体のおかれた環境下では有利であり、かつ実現可能であることが推測された。これは当初の予想に反する。そこで、本年度実施計画にあった銀線導入による多段結合の試みは中止し、多素子結合系の基礎をなす2素子の相互作用の実験に切り督えた。 (1)1素子反応の確立: 鉄電極面下で生じる反応生成物の沈降により下降流がつくられる。振動反応の安定性はこの電極近傍の流体力学的安定性による。電極形状の工夫と反応液の雰囲気の均一化によって下降流の安定化を計った。反応が進むと対極で発生した水素が硝酸に溶解し飽和して鉄電極面に小泡が析出し、これが下降流を乱す。そこで、実験前に空気をバブリングして溶存酵素で溶存水素のブロックを試みた。その結果、小泡の発生を抑え、安定で再現性のよい振動反応系を確立することができた。 (2)非周期信号検出の実験: ノイズに埋もれた微弱な非周期信号の検出は、現状のデュアルポテンショスタットでは2素子しか独立に制御できず、並列化の効果を直接確認できなかった。しかし、繰返し計測による時間平均から多素子並列化の有効性を間接的に示した。 (3)2素子相互作用の実験: 電極を微動ステージに固定して正確な位置制御を行い、2素子間の結合強度を調整可能にすることによって、同期現象を長時間に渡って再現よく捉えることができた。引込む過程では周期のみならず振幅も変化して位相を周期の短い方に合わせることを見い出した。これは不応期が動的に変化する化学反応系特有の性質である。 今後、実験(2)、(3)の多素子化を実現し、神経系の情報処理を模擬する実験系の構築を目指す。
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