不規則散乱の半古典量子化による遷移確率の揺らぎの発生機構の理論的解明を行った。W.H.Millerによる古典散乱行列理論は不規則散乱の場合には公式が無限級数となる。本研究では、古典散乱行列の数学的構造に着目して、遷移確率の揺らぎの分布関数を理論的に導出した。すなわち、無限級数の各項の位相因子がランダムであることを利用し、中心極限定理にもとづき、級数の和が正規乱数になることを示した。その結果、遷移確率はカイ自乗分布に従うことになる。これは、量子力学的遷移確率に寄与する無数の古典軌道の量子力学的干渉が遷移確率の揺らぎを生みだしていることを意味する。すなわち、遷移確率の揺らぎは量子効果であるということができる。 化学反応の統計的振舞いの発現に重要な役割を果たす分子内エネルギー移動(IVR)を解析する理論的方法論を提案し、アセチレン分子に応用してその有効性を示した。デリバティブ状態解析と呼ぶその方法では、分子の振動ダイナミクスを記述するハミルトニアン3重対角にするような状態を考える。これをデリバティブ状態と呼ぶ。デリバティブ状態は互いに相互作用する連鎖を作り、それが分子内エネルギー移動の道筋に対応する。そしてデリバティブ状態の時間変化を追うことにより、時々刻々とIVRの進行の様子を知ることができる。アセチレン分子にこの方法を適用し、さまざまな種類の初期状態からのIVRの道筋を解析し、アセチレン分子のIVRの全体像を描くことができた。
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