本研究では、各種の時間分解分光測定を行うことによって(1)ミセル内での可溶化の構造、(2)超高速エネルギー移動とミセル構造の維持、および(3)分子間衝突と化学反応、についての理解を深めることを目標とした。平成10年度には、この目的の達成のために代表的な試料としてSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)ミセル中に可溶化されたtrans-スチルベンを選び、分光測定を行った。紫外吸収スペクトル、けい光スペクトル、最低励起一重項(Sl)状態での過渡ラマンスペクトルでは、SDSミセル中での結果とドデカン溶液中での結果がよく一致した。ただし、SDS分子の疎水部(ドデシル基)とドデカンと同一の構造を有する。さらにストリークカメラを用いて測定したtrans-スチルベンけい光寿命は、両者とも78psとなった。trans-スチルベンのけい光寿命は溶媒の性質によって30psから100pS以上まで変化することが知られており、この一致はtrans-スチルベン分子近傍の局所構造が類似していることを示す。一方、 「ピコ秒ラマン温度計」を用いて測定した光励起後2から3ps以内の冷却効率では、両者に約2倍の違いがあった。 これらの測定結果を解釈すると、冒頭の三項目のうち、(1)可溶化の構造および(3)分子間衝突に関しては、SDSミセル中とドデカン溶液中が類似していることが示唆される。しかし、(2)超高速エネルギー移動については、両者は異なる。これまでにもミセル中での可溶化の機構については多くの研究例があるが、本研究のように新たな知見を多角的な視点から総合することによって、さらにミセルに関する理解が進むと考える。来年度は、引き続き多くの試料についての分光測定を継続し、より一般的な描像を得るよう努めたい。なお、平成10年度の研究成果は、原著論文として発表した。また、国際学会で口頭発表する機会を2回(うち1回は招待講演)得た。
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