研究概要 |
多くの海洋性魚類の生活史に関する知識は断片的であり、とりわけ、外洋回遊性魚類の仔魚期生活史進化にかかわる選択圧は未知である。そのため、進化生態学において海洋性魚類の生活史進化について論じられることはほとんどない。 共食いは,進化生態学において深く解析されてきたトピックとは言えない。共食い現象を目の当たりにしたとき、われわれはそれを自然選択がデザインしたものと考えるか、あるいは、ある特定の環境下での不自然な行動と解釈する。ある生物の生活を、実際に目の当たりにすることができない場合、その生物が共食いを行うかどうかを推察することは、少し冒険かもしれない。 マグロ・カジキ類のような遠洋表層回遊性魚類の仔魚は、大きな顎の形態を有することが知られている。しかしその特徴的な形態の機能的意義について、進化生態学的考察はなされていない。これらの魚類は、直径1mm前後の小さな浮遊卵を産み、産卵・育成環境は貧栄養的である。われわれはこれらの魚類で、共食いが仔魚期に進化可能な形質であり、大きな顎の形態が、遠洋環境で適応的形態形質であると考えた。 遠洋環境で仔魚に共食いが進化するという主張のもとに、スズキ目表層回遊性魚類仔魚の顎の大きさについて2つの仮説に従い種間比較を行った。● 主張仮説:産卵場所が遠洋にあるものは、沿岸のものよりも仔魚の顎が大きい。● 対立仮説:親の食性に従い仔魚の顎の大きさが決まっている。魚食性の種の仔魚は雑食性のものより顎が大きい。 主張仮説は支持されたが、対立仮説は支持されなかった。遠洋の表層を産卵場所とする種の仔魚は、仔魚期に大きな顎の形態を有する。 表層回遊性で浮遊卵発生を行う魚類において、仔魚期に共食いが進化する条件を、以下の仮定のもとて数理モデルによって解析した。(1)遠洋表層は貧栄養であり、捕食者と共に餌生物も少ない。(2)大きな顎の形態は、同種を餌として利用する効率を高める。 多くの状況で、共食いと非共食いの形質がどちらも進化的に到達しうる安定な形質となった。どちらの形質が進化的に実現するかは初期条件に依存するが、共食いは遠洋環境で進化しやすいことが分かった。
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