歯の形態の時代的・地域的変異をもとに、日本列島住民の形成過程、および咀嚼器官の小進化に関する一連の研究を行っている。この研究では、従来の歯冠の計測法によって発生していた咬耗・磨耗・齲蝕等の影響を最小限に抑えるため、新しく定義した歯根歯頚部の計測法を用いた。本年度は、九州大学と九州歯科大学に保管されている古人骨について、歯根歯頚部の計測を中心に資料の収集を行った。個体ごとに500以上にのぼるデータをパソコンに入力し、九州大学大型計算機センターのアプリケーションSPSSおよび独自に作成したFORTRANプログラムによって統計処理を行った。データの入力と処理が完全に終わっておらず、各集団ごとに統計的に充分な資料数の確保がまだ完了していないので、現段階での結果について概略を記述する。全体的に小さな歯を持っている縄文時代・弥生時代・近世アイヌの在来系集団の中では、早前期縄文時代から中後晩期縄文時代へ歯の大きさは増加しているが、その後在来系弥生時代、近世北海道アイヌにかけて退化傾向がみられた。世界的傾向とは逆の増大化傾向がみられた縄文時代内の時期的変化は、特に興味深い。また、全体的に大きな歯を持っている弥生時代から現代までの渡来系集団の中では、渡来系弥生時代と古墳時代は日本の各時期を通じて最大値を示しており、以降は中世・現代へと時代的退化傾向がみられた。しかし、常に一定の退化傾向を示しているわけではなく、時代とともにわずかの増減を伴いながら、最終的に若干の退化を示していた。さらに、上記のような時代的変化に加えて、各時代の中での地域的変異をある程度把握することができ、集団の形成過程の解明が進んだ。
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