運動エネルギーや化学的活性の高いイオンを利用するイオンビーム蒸着は化合物の低温合成、膜の結晶性、配向性、ミクロ形態などの制御が可能な特徴のある蒸着法の一つとして注目されている。しかし、イオン蒸着におけるイオンと固体表面との相互作用に関する研究を超高真空下で系統的に行ったという報告はまだ無い。そこで本研究では、極低エネルギーイオン蒸着を清浄なSi表面に行い、イオン蒸着における基礎過程を調べることにした。 金属として、これまで熱蒸着法(エネルギーが0.1eV以下)で研究がなされているBiを取り上げ、独自の設計による極低エネルギーBiイオンビーム蒸着ラインを用いてSi表面上におけるBiイオン蒸着に関して実験を行った。蒸着イオンには質量分析によって分離したBiイオンを用い、これを減速してSi表面に一定量蒸着した。このときのイオン照射量は電流積分器を用いて正確に求めた。蒸着前後の表面観察は低速イオン散乱法(LEIS)及び低速電子回折法(LEED)で調べた。室温のSi(100)-2×1表面に10eV前後のエネルギーのBiモノマーイオンビーム蒸着を1MLおこなった場合の表面をLEED観察した結果次のことが明らかとなった。(1)蒸着表面では回折像は見えない。(2)この表面を300℃付近で3分間アニールすると、鮮明な(1x1)像が現れる。(3)この表面を、さらに高い温度でアニールすると(1x1)像は消え(2x1)像が見え始める。一方、Si (111)表面でも、同様なBiイオン蒸着を行なった。その結果、蒸着表面ではLEED像はやはり見えなかった。しかし、加熱処理にしたがってLEED像は(1x1)→(√3x√3)→(7x7)と変化した。Biイオン蒸着に伴うこのような表面構造変化は、従来の蒸着では見いだされておらずイオン蒸着特有の現象であると考えられる。これがイオンの運動エネルギーに起因するのかどうか、また、観測された(1x1)構造がどのような過程を経て形成されたのか、またその原子配列構造などについて、今後検討したい。
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