クラスターイオンが固体に入射したとき、固体電子の励起によって失う単位長さ当たりのエネルギー量を波束モデルに基づいて理論的に調べた。入射エネルギーが1原子当たり0.8MeVで炭素薄膜を通過したホウ素クラスターイオンBn^+(n=2-4)のエネルギー損失ΔE(n)と、同速度のホウ素イオンB^+のエネルギー損失ΔE(1)との比R=ΔE(n)/ΔE(1)の値を膜厚の関数として計算した。鳴海らの実験によれば、膜厚が約10μg/cm^2以下のときにR>1となり、「エネルギー損失におけるクラスター効果」が報告されている。しかし、クラスター原子面が進行方向に対して垂直となる特別な配向を仮定しない限り、実験データを定量的には説明できなかった。特に、B_2^+の場合は原子核間距離が他の場合よりも大きいため、この配向を仮定してもうまく説明できず、何らかのより強い粒子相関がなければならないことになる。また、炭素クラスターイオンCn^+入射による固体電子励起に起因するエネルギー損失を調べた。すでに扱った線形構造の炭素クラスター以外に、例えばC4^+では菱形構造に対して計算した結果、入射エネルギーが1原子当たり1.5〜5.5MeVのC4^+では、線形構造の方がBaudinらの実験結果に良く一致していた。また、N_2^+イオンに対しては荷電非平衡を考慮すればSteuerらの実験結果が概ね説明できることがわかった。一方、ごく最近、固体内でのクラスターイオンの1イオンあたりの平均電荷は同速の単一イオンより小さいことをBrunelleらが報告した。これは、上記の「クラスター効果」の有無にとって本質的な問題となりうる。これに対してわれわれは流体力学的モデルを導入することにより単原子イオンの平均電荷とクラスターの平均電荷の速度存在性、クラスターサイズ依存性などに関して合理的な評価ができるモデルを開発した。Brunelleらの結果を取り込んでも、「クラスター効果」は現れることがわかった。
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