平安時代末期から鎌倉時代初頭頃製作の「華厳五十五所絵巻」(東大寺、藤田美術館、上野家、旧友田家、東京国立博物館に所蔵。)について、続日本の絵巻(中央公論社刊)から平行投象的手法によって描かれたデータを採取し、三次元建築空間の表現を斜線角度により分類・整理・分析し、次の結論を得た。 1. 構図について概観すると屋外の情景が多数を占め、吹抜屋台の場面はない。また人物の表現は引目鉤鼻の手法を用いず、豊かに表情を描いている。 2. 全55景の中で33景に描かれる矩形が想定される建築物・調度50の内49について、斜線によって表現される空間表現を分類すると、右斜線図25(51.0%)、左斜線図10(20.4%)、両斜線図11(22.4%)、透視図的図3(6.1%)。片斜線図の割合が多く(71.4%)、その中で、右斜線図の割合が多い(71.4%)。 3. 上述49標本の角度について、右斜線図の角度平均43.5°。左斜線図の角度平均41.7°。両斜線図において、左斜線の平均角度28.7°。右斜線の平均角度15.0°。また、平行に描かれるべき線の角度の分散が大きい。 4. 上述49の内、正方形が想定できる標本について視線方向の角度を計算する。右斜線図7。左斜線図4。平均は方位角20.2°。俯角19.7°。両斜線図において、右斜線からの方位角45°以内のもの9。左斜線からの方位角45°以内のもの2。平均は方位角29.6°。俯角20.2゚。片斜線図の俯角の範囲(14.8°〜24.6°)は、両斜線図の範囲(11.5°〜28.2°)より狭く、視線の方向が安定している。 (*実施計画で使用した力ヴァリエ投象、ミリタリ投象、軸測投象等の用語について、自然科学的な表現が必ずしも適切でないとの判断から片斜線図、両斜線図等と読み替え、分類することとした。)
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