蚕休眠ホルモン(DH)はカイコの卵に休眠を誘起する重要な昆虫ホルモンであり、24個のアミノ酸からなるペプチドアミドである。DHが活性を発現するためには、その構造中のC末端部分が重要であることが判明している。また、DHはカイコ体内で極めて速やかにトリプシン的分解を受け、失活することもわがっていた。そこで今回の研究ではDHのC末端構造を基準物質とし、体内分解に抵抗する新分子種を分子設計、化学合成し、より強力な活性を持つ類縁体を創製することを目指した。 はじめに、DHのC末端トリペプチドアミドをモデルとし、側鎖置換基を維持しつつ不整中心を反転させることにより、酵素分解を免れることをもくろみ、イソブチルマロナミル-D-アルギニルアミノシクロペンチルアミドおよび立体異性体を、合わせて4種類、調製した。これらは確かにトリプシン分解に対して抵抗することが判明したが、残念なことに、多化性カイコに対し、卵休眠を誘起しなかった。そこで次に、フェニルヘキサノイル-Pro-Arg-Leu-NH2をモデルとし、そのProのカルボニルをメチレンで置き換えた類縁体(フェニルヘキサノイル-1-ピロリジニルメチル-Arg-Lcu-NH2)を調製してみた。本類縁体は、トリプシン分解を若干受けるようであるが、明らかに抵抗性を示した。さらに、生物検定の結果、活性発現閾値は設計基準分子31より20倍ほど劣るが、本類縁体は誘導休眠卵総数を著しく増加させることが判明した。生物検定条件の制約から、全産下卵を休眠させるところまでは至っていないが、投薬時期を最適化すれば、生まれるすべての卵を休眠させることも可能と予想できる。現在、これらの結果に基づき、生物検定法の改良とともに、より強い活性を持つ新分子種を設計している。
|