ホスファチジン酸(PA)やホスファチジルイノシトール(PI)の酸性リン脂質やスフィンゴミエリン(SpM)は、生体膜中において、タンパク質に強く相互作用することによって、境界脂質として働いていると考えられている。また、これらの脂質は生体膜を構成する主なリン脂質であるホスファチジルコリン(PC)の配列状態を変化させる。本研究では、酸性リン脂質やSpMが、これらの作用を通じて、ペプチドやタンパク質の構造にどのような影響を与え、その活性発現を制御しているのか明らかにすることを目的として実験を行う。 本研究では、水と油の境界面で機能するタンパク質の一つのモデルケースとして、脂質酸化酵素であるリポキシゲナーゼ(LOX)をとりあげて、エマルションやリポソーム界面におけるこの酵素の活性に及ぼす、酸性リン脂質の添加効果などを検討した。その結果、エマルション界面においてもリポソーム膜においても、PAや、やはり負電荷を膜にもたらす脂肪酸の添加によって、LOX活性が顕著に増加することが示された。その原因をキネティックな解析、あるいはゼータ電位測定などの界面科学的手法を用いて検討したところ、界面の表面電荷が上昇し、静電的相互作用を通じてLOXの界面に対する吸着能が強められるためであることが判明した。また、動的光散乱、電子顕微鏡観察、^<31>P-NMR法によって分析した結果、脂肪酸やPAの添加によって、リポソーム膜の構造が壊れて逆ヘキサゴナール構造をとり、膜の融合が促進されていたり、PAの添加によって、ごく小さいベシクルやミセル状の構造が新たに形成されていることが判明した。以上の結果により、境界脂質は生体膜の構造を修飾することにより、膜上における酵素反応を制御していることが示唆された。
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