近年、水生動物に種々の遊離D型アミノ酸が検出されているが、量的に多いのはD-アラニンである。この点に着目し、D-アラニンの蓄積と代謝機構を明らかにしようと考えた。 D-アラニンは海綿動物、腔腸動物、扁形動物、紐形動物および原索動物にはほとんど検出されなかった。軟体動物、節足動物および棘皮動物におけるD-アラニンの蓄積量には特徴があった。即ち、D-アラニンは、軟体動物では腹足類の原始腹足類と中腹足類、斧足類の真弁鰓類に属する種には多量に蓄積されるが、腹足類の新腹足類、斧足類の翼形類および頭足類(イカ・タコ類)にはほとんど検出されない。節足動物では十脚類に属する種に多く、蔓脚類と等脚類に属する種には検出されない。さらに棘皮動物ではウニ類に多いが、ヒトデおよびナマコ類に少ない。 水生動物のD-アラニンの蓄積量に上記のような特徴があることから、水生動物におけるアラニンラセマーゼの有無を検討した。その結果、軟体動物の原始腹足類に属するサラサバテイラの中腸腺と生殖腺にD→LおよびL→Dの両方向にかなり強い活性が認められた。その他、原始腹足類に属するフクトコブシ、サザエおよび中腹足類に属するカコボラとボウシュウボラに弱いながら両方向の活性が確認できたが、新腹足類のアカニシにはいずれの方向への活性も認められなかった。スルメイカ、マダコおよび魚類のトラフグの諸組織ではD→L方向の活性が認められ、腎臓と肝臓で強かったが、L→D方向の活性は確認できず、軟体類のそれとは性質を異にした。 以上の結果からD-アラニンが多量に存在する種ではアラニンラセマーゼによってD-アラニンとL-アラニン相互の量的バランスをとっているものと考えられる。一方、D-アラニンを多量にもつエビ・カニ類を捕食しながらD-アラニンがほとんど存在しないイカ・タコ類およびトラフグでは、体内に取り込まれたD-アラニンをL-アラニンに変換して再利用していることが考えられる。
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