昨年までに、イヌ乳がん由来細胞株のSCIDマウスヘの移植実験により作成した肺転移モデルを用いて、原発巣と肺転移巣におけるMMP-2およびMMP-9の発現動態を解析した。その結果、肺転移巣において、原発巣では検出されないMMP-9の大量発現が起きていることを確認した。このことから、肺転移巣形成にはこのがん細胞のMMP-9発現能獲得が重要であると考えられた。さらに、このがん細胞の単層培養系およびコラーゲン・ゲル内培養系でのMMP-9発現を比較したところ、単層培養系ではMMP-9発現は全く観察されないにもかかわらず、コラーゲン・ゲル内培養を行うことによりその強い発現を確認した。この結果は、このがん細胞が肺転移過程においてコラーゲンと相互作用を行うことによりMMP-9発現能を獲得していることを意味している。本年度は、このがん細胞のMMP-9発現のメカニズムについて、コラーゲン・ゲル内培養系を用いることにより、がん細胞のコラーゲン認識機構とMMP-9発現との相関関係に関与するシグナル伝達系の解明を試みた。その結果、以下の点について新たな知見を得た。 (1)本研究で用いたイヌ乳がん由来細胞株においては、コラーゲン・ゲル内培養下でα2インテグリンを発現することがMMP-9発現と関連していると考察され、このことは抗α2インテグリン抗体存在下でゲル内培養を行うことでMMP-9発現が抑制される、という結果から証明された。 (2)種々のシグナル伝達系の阻害剤をコラーゲン・ゲル内培養系に添加することにより、MMP-9発現を抑制する阻害剤を検索したところ、コラーゲン・ゲル内におけるMMP-9発現にはチロシンキナーセ、PI 3キナーゼおよびプロテインキナーゼCの関与が明らかになり、MAPキナーゼカスケードとは無関係であることが分かった。また、MMP-9発現と細胞によるコラーゲンゲル収縮との間に明らかな相関が見られたことから、アクチンの重合がMMP-9発現へ影響を及ぼしていることが推察された。
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