O157:H7に代表される腸管出血性大腸菌は、強力な毒素(VT)を産生して、溶血性尿毒症症候群などの重篤な症状を引き起こす。残念ながら、現在までにその感染症に対する有効な原因療法は確立されていない。VTの細胞傷害のメカニズムの1つには、イオン輸送体を介する可能性が指摘されている。多くの薬物がイオン輸送体に作用して優れた治療効果を発揮していることから、VTのイオン輸送体に対する作用、およびそれに関連する系を阻害できる薬物を見いだせれば有効な治療薬の開発に結びつく。本研究では、VTのイオン輸送体に対する作用を電気生理学的な手法などを用いて明らかにすること、加えてイオン輸送体が変化することにより起こる細胞内情報伝達機構を解明することを目的とし、イオン輸送体に関連する情報伝達系の阻害薬を腸管出血性大腸菌感染症の治療薬に応用しようとするものである。平成10年度の研究実績は次の通りである。 (1) 細胞毒性試験 VTの感受性が高いことが知られているVero細胞を用いて、VT1、VT2、およびVT1の変異体で毒性が弱いE167Qの細胞毒性試験(WST-1法)を行った。その結果作用強度はVT2が最も強く、VT1がその1/10程度、El67Qではその1/10000程度の活性であった。 (2) 電気生理学的検討 VTをVero細胞に作用させたときのイオンチャネル電流の変化をパッチクランプ法を用いて検討した。最大毒性を示す濃度の3倍濃い濃度を用いてもVT1は、イオンチャネルを変化させなかった。 (3) 細胞内Caイオン濃度測定 VTをVero細胞に作用させたときの細胞内Ca濃度の変化を、Caと結合するとその蛍光強度が増加するfura-2を用いて測定した。約30%の細胞で細胞内Ca濃度の上昇を観察した。 以上の実績を踏まえて、平成11年度では細胞内Ca濃度の変化に関係する情報伝達機構の解明、そしてそれを阻害する薬物のスクリーニングを行っていく。
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