O157:H7に代表される腸管出血性大腸菌(STEC)は、感染した場合に、本来の標的部位である大腸に出血性の炎症を引き起こすのみならず、STECが産生する強力な毒素(vero毒素、以下VTと略す)が血中に移行して、溶血性尿毒症症候群や脳症などの全身性の合併症を引き起こす。これらの全身性の症状は、VTが、血管内皮細胞や腎の近位尿細管上皮細胞などを傷害するために生じると考えられていて、その傷害メカニズムには、細胞膜に存在するイオン輸送体が関与する可能性が指摘されていた。本研究では、このイオン輸送体の解明と、輸送されたイオンが細胞内のいかなる経路を介して細胞死を引き起こすのかを明らかにすることを目的として実験を行った。そして、そのメカニズムを阻害できるような物質の探索も行い、STEC感染症治療薬の開発につながるヒントを見いだすことも行った。 平成10年度までに、VTをvero細胞に作用させると約30%の細胞で細胞内Caイオン濃度が上昇することを観察していたので、この実績に基づいて平成11年度は、次に示すような点を明らかにした。 1)細胞内Caイオン濃度の上昇を抑制する薬剤のVTによる細胞毒性に対する作用 細胞内Caイオン濃度の上昇を抑制する、BAPTA-AM、verapamilに、VTの細胞死誘発を軽減する作用を見いだした。 2)VTのmitogen activated protein kinase(MAPK)familyに対する作用 細胞内Caイオン濃度の変化によって活性化する可能性が報告されていたMAPK familyの中で、VTがp38MAPKやextracellular signal-regulated kinase1/2(ERK1/2)を活性化することを発見した。 3)細胞内Caイオン濃度の上昇を抑制する薬剤のVTによるp38MAPK活性化に対する作用 BAPTA-AM、verapamilに、VTによるp38MAPKの活性化を抑制する作用を観察した。 4)p38MAPKの活性化を抑制する薬剤のVTによる細胞毒性に対する作用 p38MAPKの活性化を抑制する薬剤である、SB203580とPD169316に、VTによる細胞毒性を軽減する作用を見いだした。 以上の成果については、一部を図書に著し、残りについては論文投稿準備中である。 5)巨核球におけるパリトキシンが活性化するイオンチャネルの特徴 VTと同様に、細胞のタンパク合成阻害作用や細胞死誘発作用を持つパリトキシンの、細胞内のイオン環境を変化させるメカニズムについて、電気生理学的に検討した。その結果、パリトキシンは、一価陽イオン選択的で、親水性かつ分子篩いの特徴を備えたイオンチャネルを巨核球膜上に形成することを観察した。この成果は、今後VTの細胞内のイオン環境を変化させるメカニズムを研究する上で礎になると考えられた。本成果については、論文発表を行った。
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