研究概要 |
これまでのニワトリ砂嚢平滑筋細胞を用いた解析によりPDGF、EGF、bFGF等の増殖因子は平滑筋細胞の脱分化を誘導するのに対し、インスリン様増殖因子(IGFI、IGFII)及びインスリン存在下では分化型形質が長期間維持されることを見い出し、平滑筋細胞の分化形質を長期間維持可能な初代培養系を確立させた。本研究によって、この分化形質維持にはIGF-I/IGF-I受容体の下流に位置するPhosphatidylinositol 3-kinase(PI3-K)及びprotein kinase B(PKB/Akt)を介したシグナル伝達系が重要な役割を果たすことと、平滑筋細胞の脱分化誘導と分化形質維持のそれぞれの場合のシグナル伝達系が明確に区別されることを見い出した。脱分化を誘導するPDGF、EGF、bFGFの刺激によりmitogen activated protein kinase(MAPK)類(ERK、p38MAPK)が共通して活性化されるが、IGF-I刺激ではMAPK類の活性化は起こらない。一方、PI3-K及びPKB/Aktの活性化はEGF及びbFGF刺激では起こらないが、PDGF刺激ではERK、p38MAPKの活性化と同様にPI3-K及びPKB/Aktの著明な活性化が認められた。さらに、ERK、p38MAPKを介するシグナル伝達系の阻害剤であるPD98059,SB203580の投与することで、PDGFによる平滑筋細胞に特異的な遺伝子発現及び収縮能の消失を阻止できた。すなわち、MAPKを介したシグナル伝達系を阻害することで脱分化誘導が抑制され分化型形質が維持された。さらに、IGF-I存在下で培養した分化型平滑筋細胞にERK、p38MAPKそれぞれの上流に位置するMAPK kinase、MEK1及びMKK6の恒常的活性化型を強制発現させることで著しい脱分化が誘導が認められた。以上の結果から平滑筋細胞の形質は、PI3-K及びPKB/Akt系とERK及びp38MAPK系の両シグナル伝達系のバランスにより決定されていることが明らかになった。血管平滑筋細胞に於いても同様のシグナル伝達系が平滑筋細胞の形質を決定していることを見い出し、これまでなされなかった分化型血管平滑筋細胞の初代培養系を確立させた。さらに、mRNAサブトラクション法により、ホモフィリックな細胞接着に関わるカドヘリン6Bが分化型平滑筋細胞に特異的に発現している因子のひとつとして同定した。カドヘリン6Bは血管及び内臓平滑筋細胞由来の平滑筋細胞を血清刺激で脱分化させた細胞では全く発現が認められないことから、平滑筋細胞の形質依存性に発現制御を受ける新たな分子マーカーになる可能性が示唆された。その機構として分化型平滑筋細胞でのcell-cell相互作用に関わると考えられる。
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