前年度までに、Escherichia coli O9a株のO多糖合成遺伝子領域に存在するマンノース転移酵素遺伝子(wbdA)が、二つの独立した遺伝子の融合により構築されたことを示した。さらに、二つのドメイン構造をもつその遺伝子産物WbdAは、N末端側ドメインだけでもO多糖を合成することを明らかにした。このように、WbdAは糖転移酵素としては特異な酵素であり、その遺伝子が進化の過程でどのように構築されたかを明らかにすることは、細菌がO多糖構造多様性を獲得する機構を明らかにする点からも興味深い。そこで、E.coli O9aによく似た構造のO多糖を合成するE.coli O9株、Klebsiella O3株のwbdA遺伝子をクローニングし、その塩基配列の決定を行った。これらの遺伝子構造の比較から、wbdAのN末側ドメインにあるいくつかのアミノ酸置換が、E.coli O9とO9aの構造の違いに関与していることが推定された。人為的な点変異をwbdA遺伝子に導入することで、多糖構造の変化に直接関わるアミノ酸残基を決定した。E.coli O9株WbdAの55番目のシステイン残基をアルギニンに置換すると、合成されるO多糖はO9aに変換された。また、逆にE.coli O9a株 WbdA の55番目のアルギニン残基をシステインに変換すると、O9多糖は合成されず不規則な構造のO多糖が合成された。これらの結果は、E.coli O9a株が点変異による一つのアミノ酸置換によりE.coli O9株から生じた可能性を示唆する。さらに、E.coli O多糖の構造多様性が、すでに提案されている大規模な遺伝子の再構築に加え、点変異の蓄積によっても獲得されることが実験的に示された。この結果は、Journal of Bacteriology、2000年5月号に掲載される。
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