インフルエンザ脳炎・脳症患者由来のウイルスのうちMDCK細胞での増殖にトリプシンを必要としないウイルス(NV)の性状をさらに検討した。1.ヒト神経細胞、ヒトグリア細胞、ヒト血管内皮細胞ではトリプシン非依存的増殖能を示さなかった。これはWSNで見られるような神経病原性とトリプシン非依存的増殖能との関連性が、NVウイルスでは低い事を示唆していた。2.NVウイルスをマウスに脳内接種し、脳の切片をNPに対する抗体で染色したがWSNで見られた黒質部位やその他の領域でもウイルス抗原の存在は認められなかった。3.脳炎・脳症発症の病因としてウイルス感染による血中のサイトカイン濃度の上昇が示唆されているため、血管内皮細胞におけるサイトカインIL6の誘導能を測定したがNVウイルスによるIL6の誘導能は非常に低かった。以上の結果から、NVウイルスが直接神経系細胞で増殖、あるいはサイトカインの誘導で神経病原性を示す可能性は低い事が示された。4.一方、患者髄液中にウイルスが浸出し得るのかを調べるため最低1PFUのウイルスが存在すればウイルスあるいはゲノムを検出できる系を作成した。この系で10検体の髄液を調べたが、ウイルス及びゲノムは検出されなかった。5.脳炎・脳症はA型ウイルスでの報告が多いが、B型ウイルス感染での発症報告例もある。B型ウイルスは従来亜型が存在しないと言われてきたが近年のウイルスには2つの系統が存在している。塩基配列に基づく解析の結果この両系統が1960年代後半に分岐していた事が明らかとなった。脳炎・脳症の発症とこの2系統との関連はさらに調べる必要がある。インフルエンザ感染に伴う脳炎・脳症発症の増加とH3ヒトインフルエンザウイルスのレセプター結合特異性の変化がほぼ同時期に生じているため、今後、レセプター結合特異性の変化と脳炎・脳症発症との関連性をさらに検討していく。
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