きのこの中には1本で大人数人を殺す毒性をもつものがあるにもかかわらず、きのこ毒の法医中毒学的研究はほとんどなされていない。その大きな理由の一つに「きのこの採取が難しいという」ことがある。また、他の理由には食・毒の鑑別が非常に難しいことが考えられる。本研究は採取したきのこより胞子を得て、その胞子からきのこを栽培し、毒きのこの研究が進まない大きな理由である「きのこの採取および鑑別が難しい」「きのこの採取時期が短期間で入手が困難」という点を解決することを目的としている。また、生育条件による毒性への影響を明らかにすることも目的としている。本研究期間中に食用のエリンギ、シメジ、シイタケ、毒きのこのシロシベクベンシス、ドクツルタケ、ツキヨタケ、オオワライタケについて培養を試みた。きのこ(子実体)まで生育に成功したものはエリンギ、シメジ、シロシベクベンシスであった。シロシベクベンシスはいわゆるマジックマッシュルームの一種で、このきのこは幻覚作用による事故が急増して、社会問題化しつつあるきのこである。シロシベクベンシスの幻覚成分シロシビン、シロシン濃度の変化をみると、きのこ採取後の保存は液体窒素で凍結後-80℃保存>-20℃保存>60℃保存>室温保存の順であり、液体窒素で凍結後-80℃で保存するのが最適であった。生育環境の影響をみるために培養器の温度を18℃〜25℃まで変化させるとともに照明時間を変化させてみたが、明らかな変化は観察されなかった。現在、シロシベクベンシスについては継続的に栽培しており事故・事件への対応が可能なようになった。そんな中、インターネットで入手したマジックマッシュルームを自分で栽培し、摂取して幻覚をおこし側溝内で死亡した事故が発生した。この事故の検体につき、本研究で得られた成果を生かし鑑定を行うとともに、現場に残された培地の培養に成功し、きのこを得て確認することができた。今後、このような中毒事件・事故はますます増加するものと考えられ、本研究で得られた成果が大いに貢献できるものと考える。
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