近年のめざましい抗生物質の進歩にもかかわらず、肺MAC症は治療にもっとも難渋する感染症の一つである。その発症要因に関して種々の説が提案されてはいるものの、いまだ仮説の域を出ない。本研究では、肺MAC症の発症要因を明らかにするために、患者の基礎疾患を臨床的に検討し、肺MAC症患者の気道線毛上皮の線毛運動機能を測定するとともに、in vitroにおいて、MACの気道線毛上皮に対する影響を検討した。肺MAC症と確定診断し、1年間以上経過を観察し得た87症例のうち、基礎疾患が認められなかった男性6症例、女性10症例の気道上皮線毛運動を測定した。さらに、12人の末梢発生型肺癌患者の肺葉切除時に採取された気管支からTsangらの方法に基づきorgan cultureを作成し、小結節・気管支拡張型の肺MAC症患者から分離した臨床分離株を摂取し観察した。肺MAC症患者の気道線毛運動数は13.9±0.9Hz、コントロール群の気道線毛運動数は13.8±1.1Hzであった。Cochran-Cox検定で両群間に有意な差異は認められなかった。Organ cultureを用いた検討においても培養開始後27日目までの期間、両群間に有意差は認められなかった。走査電顕での観察においても、感染群の主に無線毛領域に菌体が付着している所見が認められたが、気道線毛上皮細胞の傷害は認められなかった。これらはMACが第一義的に特定の宿主の気管支上皮を傷害し、発症に至るという仮説を否定する結果である。MACの宿主体内への進入経路として、第二義的なクリアランスの低下、あるいは肺胞領域でのマクロファージの殺菌機構の傷害などを想定した検討が今後必要と考えられる。
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