研究概要 |
平成10年度には,まずgastrin releasing peptide(GRP)の前駆体であるproGRPおよびGRP受容体(GRPR)遺伝子の肺上皮細胞における発現状況を検討した.すなわち,肺由来の小細胞癌(SCLC),扁平上皮癌,腺癌などの非小細胞癌(NSCLC)培養細胞株,および十分なインフォームドコンセントのうえ肺癌患者から採取した癌組織を材料としてRNA抽出を行い,逆転写(RT)反応によりcDNAを合成後,GenBankに登録されたproGRP,GRPR両遺伝子およびmRNA塩基配列を基にoligonucleotide primerを作製のうえPCR増幅し,これら遺伝子の発現を検討した.まず培養細胞株に関してproGRPmRNAは主にSCLC細胞において発現が認められたが,NSCLC細胞においてもある程度の発現を示した.一方,GRPRmRNAは扁平上皮細胞株HS-24を除くSCLC,NSCLC細胞株で定常状態での発現が認められた.これに対して患者肺癌組織中での発現はproGRPmRNAがSCLCのなかでも血中のproGRPレベルの高い症例においてのみに検出され,GRPRmRNAもGRPmRNA陽性の一部にのみ発現していた.proGRPについては発現が陽性であった患者検体のcDNA断片をTA cloning kitのpCR2.1 vectorにクローニングし,組換えproGRP遺伝子cDNAクローン(pCR2.l-proGRP1,2,3)を得た.またGRPRに関してはSCLC株SBC-5細胞のmRNAを用いて同様にpCR2.1 vectorにクローニングした.その後,これらのproGRP,GRPRcDNAをpCRベクターより切断精製し,発現プラスミドベクターpRc/CMV2に組込み,pRc/CMV2-GRP1,2,3およびpRc/CMV2-GRPRを作成した. 次に,proGRPおよびGRPR遺伝子を発現する培養肺癌細胞株を用いて,両遺伝子の発現制御をmRNAレベルで検討した.今年度は,長期喫煙とproGRPおよびGRPRmRNA発現との関与を探るため,培養細胞株を用いて刺激時間および濃度を変えたニコチン曝露によりproGRPおよびGRPR遺伝子発現がどのように変化するか,半定量的RT-PCR法を用いて検討した.まずSCLC株H128細胞において,ニコチン1mM,24時間曝露によりproGRP,GRPR両遺伝子の発現の増強が認められた.さらにNSCLC株HS-24およびA549細胞においてGRPR遺伝子の発現がニコチン刺激により濃度依存的に増強した.これらの観察結果はタバコの成分中,とくニコチンがこれらの作用に強く関わっていることを示唆しており,ニコチンのtumor promoterとしての作用や細胞の分化,増殖にもGRPを介して能動的に関与していることが推測される. さらに現在,GRP発現ベクターを,GRPR発現ないし非発現肺癌細胞株にtranfectし,GRPによるGRPR遺伝子発現の誘導性の有無,さらにproGRP発現陽性のSCLC株を用いて,GRPR発現ベクターをtransfectし,細胞形態,増殖速度などへの影響と合わせ,mRNA differential display法による遺伝子発現の変化を検討中である.
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