プリオン病は致死性感染性中枢神経疾患である。近年、我が国で汚染された乾燥硬膜の移植により50名を越える医原性プリオン病が発生し、一刻も早い病態解明が望まれている。プリオン病の神経病理学的特徴は脳の海綿状変性と異常プリオン蛋白の蓄積に加えてアストロサイトの増生が挙げられる。我々は病巣に存在する活性化アストロサイトがプリオン病の発症に一時的に関与している可能性を推測し、アストロサイトが産生するサイトカインがニューロンのプリオン蛋白代謝をどのように修飾させるのかを研究課題として、本年度はin vitroで解析を行なった。研究方法は、株化ヒト神経細胞(NTera2細胞)を培養し、種々の分化レベルでアストロサイトが産生するサイトカインを培養液中に添加して48時間後にNTera2細胞のプリオン蛋白mRNA発現量をノザン・ブロット法で定量した。活性化アストロサイトが産生するサイトカインの中で、tumor necrosis factor-αは未分化NTera2細胞のプリオン蛋白mRNA量を2.7倍増加させ、interleukin-1βは3.9倍増加させた。一方、活性化リンパ球が産生するinterferon-γは未分化NTera2細胞のプリオン蛋白mRNA量を50%減少させた。これらのサイトカインの作用はNTera2細胞の分化学段階で異なり、分化とともに修飾程度は減少した。これらの実験結果はニューロンのプリオン蛋白代謝が脳に存在する種々のサイトカイン産生細胞により影響を受けていることを示しており、とくにアストロサイト産生サイトカインによるニューロンのプリオン蛋白遺伝子発現量の増強作用はプリオン病の進展に深く関与している可能性を示唆している。
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