多発性硬化症は中枢神経系を病変の主座とする自己免疫性疾患と考えられている。その成因にはHLAをはじめとする遺伝的因子と、ウイルス感染をはじめとする様々な環境因子が複雑に関与していると想定されているが、環境因子の候補のひとつとして、レトロウイルスの関与が提唱されている。最近Perronらにより多発性硬化症患者の血漿および髄液から新規内在性レトロウイルスであるMSRV(multiple sclerosis retrovirus)がクローニングされた。しかし、MSRVの多発性硬化症における病因的意義は確立されていない。今回我々は日本人多発性硬化症患者からもMSRVが検出されるか否かについて検討を試みた。好中球より分離したゲノムDNAを鋳型とした場合、全ての多発性硬化症患者DNAよりMSRVに相当するバンドが増幅された。一方、血漿より単離したRNAから、RT-PCR法によりMSRVに相当するバンドの検出を試みたが、今回検討した日本人多発性硬化症患者からは検出されなかった。今回我々の検討でMSRVが検出できなかったのは、対象が疾患活動性の低い症例が多かったことによる可能性があると思われる。今後、MSRVの多発性硬化症における病因的意義に関しては、今後、初発および再燃例を含め、更に症例数を増やして検討する必要があると考えられる。 また今回の研究期間中に得られた自己免疫の成因に関する成果として、β2glycoprotein Iの247番アミノ酸変異が本邦並びに欧米人の抗リン脂質抗体症候群の発症に果たす役割が明らかにされ、また慢性B細胞リンパ性白血病の免疫グロブリン遺伝子重鎖可変領域の多様性が自己免疫の与える影響などについて明らかにできたことがあげられる。今回、日本人における新規のレトロウイルスの同定には至らなかったが、多発性硬化症をはじめ自己免疫疾患の成因に関する有益な結果が得られたと考えられる。
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