本研究では、トルエンを慢性曝露し、動因喪失症候群の動物モデルを作成し、情動、記憶を担う辺縁系の一つである海馬と欲動に関連する前頭葉のニューロンの形態学的変化を解析し、ヒトでトルエンの慢性吸入をおこなった際にみられる動因喪失症候群発症のメカニズムを明らかにすることを試みた。 実験動物はウィスター系雄性ラットを用いた。トルエン曝露は1日合計4時間3カ月間の吸入曝露を続けた。対照動物も同様の処置をトルエンの入っていない別の容器を用いて同時に行った。曝露群では、3ヶ月の曝露後、そのまま1ヶ月経過をみたものと、脳循環代謝改善剤(塩酸ビフェメラン)を投与した群を作成した。具体的には、海馬と前頭葉において光学顕微鏡と電子顕微鏡観察を行い、トルエンの慢性曝露により、この領域で全体のおおよそ何パーセントの神経細胞が変性に陥るかどうかを検索した。 平成10年度には、海馬は顆粒細胞を、前頭葉では前帯状回皮質の全層について超薄切片を作成し、トルイジンブルー染色を行い、変性の有無(細胞死、空胞変性の出現)を観察した。1メッシュあたりの変性細胞数をカウントし、対照群・曝露群(脳循環代謝改善剤(-)、脳循環代謝改善剤(+))の3群間で比較した。その結果、曝露群(脳循環代謝改善剤(-))群での変性細胞は海馬歯状回顆粒細胞において対照群の平均13.5%に、前頭葉の前帯状回皮質では9.75%に認められた。脳循環代謝改善剤(+)群では12.5%、8.78%であった。 平成11年度には、トルエン投与群では、3カ月の曝露期間中に脳循環代謝改善剤を同時に投与した群と、(2)3カ月の曝露終了後から3カ月間脳循環代謝改善剤を投与し、それぞれ変性に対する予防効果および改善効果がみられるかを解析した。これには、受動・回避反応を用いたが行動薬理実験により記銘・学習の障害の程度を検索したが、retention timeの平均が、曝露群60.56±10.43secに対して、投薬群80.52±25.57secであり、時間の増加傾向はあるものの有意な変化はみられなかった。
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