トルエンを慢性曝露し、動因喪失症候群の動物モデルを作成し、情動・記憶を担う辺縁系の一つである海馬の形態学的変化を解析した。 実験動物はウィスター系雄性ラットを用いた。トルエン曝露は1日合計4時間3ヵ月間の吸入曝露を続けた。対照動物も同様の処置をトルエンの入っていない別の容器を用いて同時に行った。曝露群では、3ヵ月の曝露後、そのまま1ヶ月自然経過をみたものと、1ヶ月の脳循環代謝改善剤(塩酸ビフェメラン)を投与した群を作成した。海馬において光学顕微鏡と電子顕微鏡観察を行い、トルエンの慢性曝露により、どの程度の神経細胞が変性に陥るかを検索した。 (1)海馬の顆粒細胞の変性の有無(細胞死、空胞変性の出現)を観察した。1メッシュあたりの変性細胞数をカウントし、対照群、曝露・自然経過群の2群間で比較した。その結果、曝露・自然経過群での変性細胞は海馬歯状回顆粒細胞において、対照群の平均8.2%に、対して、22.5%と有意に変性細胞数が増加していた。 (2)さらにトルエンの3ヵ月曝露終了後から1ヶ月間、脳循環代謝改善剤を投与し、改善効果がみられるかを解析した。これには、受動・回避反応を用いた行動薬理実験により記銘・学習の障害の程度を検索した。明室でのretention timeの平均が、自然経過群90.59±10.43secに対して、投薬群155.45±2736secであり、有意な学習効果がみられた。 以上のことから、トルエン曝露において、海馬顆粒細胞において変性細胞が有意に高いこと、脳代謝循環改善剤投与により動因喪失症候群に対して改善効果があることが明らかとなった。
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