心筋梗塞を初めとする血管病の背景として、過栄養による体脂肪蓄積、特に腹腔内内臓脂肪の蓄積が大きな要因となっている。脂肪組織は単に過剰のエネルギーを備蓄するのみでなくアディポサイトカインと呼ぶべき様々な生理活性物質を流血中に分泌する内分泌臓器でもある。本研究でアディポサイトカインが直接血管壁構成細胞に作用し、肥満における分泌異常が血管病発症を招来する分子機構を明らかにしようとするものである。私達が新しく見出したアディポネクチンはコレクチン・ファミリーに属するコラーゲン様蛋白で脂肪細胞特異的に合成・分泌される。ヒト血中では多量体を形成し、5-20μg/mlという高濃度で存在していた。脂肪組織に特異的な分泌蛋白であるにもかかわらず、肥満者では血中濃度は低値を示した。また冠動脈疾患患者においては肥満度を考慮しても血中濃度が著しく低下していた。アディポネクチンは傷害血管に多量沈着し、血管内皮細胞への単球接着抑制作用を示した。この作用はVCAM1やICAM1等の接着分子発現抑制によった。またヒト・アディポネクチン遺伝子を単離し、染色体座、遺伝子構造を明らかにするとともに、虚血性疾患患者において低アディポネクチン血症を伴うミスセンス変異を見出した。以上よりアディポネクチンは動脈硬化防御作用を持ち、肥満における血中濃度低下が動脈硬化発症に関与すると考えられた。HB-EGFは強い血管平滑筋増殖作用を持つ増殖因子で、脂肪細胞における発現を確認した。血中HB-EGF濃度は腹部脂肪面積と正の相関を示し、血管病発症との関連が示唆された。脂肪分解により生じる多量の脂肪酸はPPAR等の核内転写因子を活性化し様々な遺伝子発現を変化させるが、PPARの高親和性リガンドであるトログリタゾンが血管平滑筋細胞の増殖を抑制し、傷害血管の内膜増殖を抑えることを報告した。本研究により脂肪組織由来分泌因子による直接的な血管傷害作用、防御作用と、肥満におけるこれら因子の調節異常による血管病発症機構という新たな概念が確立された。
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