正常成獣マウスの海馬歯状回背側に顆粒細胞が変性脱落するよりもやや少ない量のカイニン酸を投与することにより、顆粒細胞が進行性に肥大化・分散する現象が認められる。この形態変化は発達終了後脳に見られるものとしてはこれまでに報告のない高度なものである。本研究は、このような強い神経細胞の形態変化が生じる際に発現の上昇するmRNAを無作為に検索することにより、神経可塑性の増強を促す物質を見出すことを目的とした。無作為に発現上昇を検出する方法としてmRNAの分別増殖法を用いた。カイニン酸投与後の亜急性期と慢性期の2週目、8週目脳を用い、両者に共通して増幅されたcDNAを調べ、結果として5種類が認められた。このうち遺伝子バンクとの照合より一つを選び、この約500bpのcDNAについて調べた。このcDNAを鋳型としてプローブを作成し、in situ hybridizationやNorthern blotを行った。その結果、肥大化顆粒細胞層にて発現が上昇し、約2kbpの長さのmRNAとして存在でものであることがわかった。このcDNAの配列はKIAA0279という人の遺伝子ライブラリーから見出されたもので生理的意義は不明なものと相同性が高かった。今回見出されたcDNAは肥大化海馬で上昇していたが、肥大化海馬より発現は低いものの、脳の他の部位あるいは肝臓でも発現が認められた。肥大化にのみ特有のものではなく、より広範な作用が推測されたため、生後早期の脳発達期での発現を調べた。その結果、皮質板が認められる時期の大脳皮質や海馬などの発現が高く、その後小脳での発現が上昇することより脳の分化と関係していることが推測された。肥大化海馬での増強より大脳発達終了後での作用も示され、広く神経可塑に関与する遺伝子と考えられた。
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