研究概要 |
胸部大動脈遮断による虚血性脊髄障害は血管外科手術の合併症のなかで最も重大な合併症である。その対策として危険因子(低血圧など)の予防,循環補助(FFバイパスなど)や電気生理学的モニタリング(SEP,MEP)が利用されている。我々は虚血性脊髄障害の危険因子のひとつとして,麻酔で頻用されるモルヒネのくも膜下投与を仮説として挙げている。その仮説を証明するために,非障害性短時間脊髄虚血後のくも膜下モルヒネによる神経学的悪影響を神経学的機能評価,病理組織学的検討ならびにマイクロダイアライシスによる髄液内グルタミン酸濃度の変化から検討した。 予めくも膜下カテーテルを挿入していたSDラットを用いて,全身麻酔下に胸部下行大動脈血流遮断(2Fr.Fogaty Catheterを用いる)と遮断中枢側の脱血(左内頚動脈から)により低血圧(MAP=40mmHg)を併用するTaira & Marsala脊髄虚血モデルを行った。虚血時間は非障害性短時間である6分間とした。脊髄虚血後,麻酔から覚醒に引き続きくも膜下カテーテルからモルヒネ30μgを投与した。 非障害性短時間脊髄虚血後の反復くも膜下モルヒネ(30μg)投与により不可逆的痙性対麻痺が誘発された。モルヒネによる神経学的悪影響には,投与するモルヒネの投与量依存的であった。さらにマイクロダイアライシス法により非障害性短時間脊髄虚血後のくも膜下モルヒネ投与後にグルタミン酸の放出が増加していた。 これらの結果から大動脈遮断により脊髄虚血が起こった後に脊髄にモルヒネが作用すると痙性対麻痺が誘発され,条件によっては不可逆的な虚血性脊髄障害が起こる可能性が示唆された。
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