これまでの我々の研究により、妊娠末期には内因性鎮痛機序が賦活化されることを体性および内臓性侵害刺激を用いて確認、報告してきた。また、この妊娠に伴い賦活される内因性鎮痛がくも膜下投与の麻薬性鎮痛薬やカルシウムイオンチャンネル拮抗薬により増強されることも確認してきた。 本研究では妊娠後期に誘導される内因性鎮痛に対してくも膜下に投与されたNMDA受容体拮抗作用を有する静脈麻酔薬ケタミンの影響をSD系雌性ラット(実験開始時体重250-350g)を用いて検討した。膣粘液の細胞診にて性周期を観察し適切な時期に交尾させ、粘液栓が認められた時を妊娠第1日とした。妊娠第5日に全身麻酔下に腰部くも膜下腔にカテーテルを留置した。その後、妊娠第7、14および21日(通常ラットの出産は22日)にくも膜下ケタミン50および100μg投与前後で侵害刺激に対する疼痛域値の推移を検討した。侵害刺激としてラットの尾に輻射熱刺激を与え、熱刺激に対する逃避反応潜時を測定するtail-flick test(TF)を用いた。妊娠経過に伴う疼痛域値は%maximum possible effect (%MPE):%MPE=(post-drug latency-baseline latency)/(cutoff time-baseline latency)×100で評価した。ケタミンくも膜下投与前のTF潜時は妊娠第7および14日では3-4秒であったが、妊娠第21日には5-6秒と有意な上昇を認めた。ケタミン50および100μgくも膜下投与15分のTF潜時は、妊娠第7および14日では有意な変化を与えなかったが、妊娠第21日の%MPEはケタミン投与量依存性に有意な疼痛域値の上昇をもたらした。本件球により妊娠末期にはこれまで報告されてきた内因性鎮痛機構の存在が再確認された。この妊娠末期に認められる鎮痛機序に対して静脈麻酔薬ケタミンのくも膜下投与はその疼痛域値をさらに上昇させることが判明した。この研究結果は、第46回日本麻酔学会(妊娠に伴う内因性鎮痛に対するくも膜下ケタミン投与の鎮痛増強効果Journal of Anesthesia 13:74:1999)と1999年度アメリカ麻酔学会(Potentiation of pregnancy-induced analgesia by ketamine at the of the level of spinalcord in rats.Anesthesiology 91:A778:1999)に発表した。現在、内臓性侵害刺激に対する反応や妊娠にともなう内因性鎮痛賦活の機序の解明の研究が進行中で2000年米国麻酔学会(サンフランシスコ)二手発表する予定である。
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