本研究者は前立腺癌のホルモン依存性から非依存性への悪性化に、FGFやその受容体であるFGFRの変異が密接に関係していることを明らかにしてきた。すなわちDunningラット前立腺腫瘍モデルを用いてFGFおよびFGFRの発現・機能について検討したところ、アンドロゲン依存性・高分化癌細胞にはFGFRの1つであるFGFR2IIIbが存在し、アンドロゲン刺激で間質細胞から産生されるFGF-7によって増殖調節を受けるのに対して、ホルモン非依存性・未分化癌へと進行した癌細胞ではFGFR2IIIbは完全に消失し、間質からのFGF-7による増殖調節を逃れるとともに、本来間質細胞に限局して存在し、FGF-7に親和性のないFGFR1とそのリガンドであるFGF-2などが新たに増幅発現、オートクラインループを形成する結果、自律性増殖を獲得して悪性へと進行していくことを示唆する結果が得られた。一方、ヒト前立腺癌細胞株とヒト前立腺癌組織を用いてFGFR2IIIbとFGFR1の発現を検討したところ、組織学的分化度の低下に伴ってFGFR2IIIbは消失、FGFR1は増幅発現していたことから、ラットでのFGFR2IIIbの消失ならびにFGFR1の活性化とアンドロゲン依存性消失との関係は、ヒト前立腺癌においても存在することが示唆された。これはFGFR2IIIbの発現回復ならびにFGFR1の不活化がホルモン不応性前立腺癌の治療に結びつく可能性を示している。そこで、このホルモン非依存性ラット前立腺癌細胞にFGFR2IIIb遺伝子を導入、発現を回復させると、FGF-7や間質細胞によって増殖が強く抑制されるとともに、ケラチンの発現や組織学的腺管様構造の形態を示すなど、対照ではみられない分化が誘導されるなどの成績が得られ、間質からのFGF-7を介したアンドロゲンの増殖調節機構が回復したものと考えられた。また、ホルモン非依存性ラット前立腺癌細胞にキナーゼドメインを欠いたFGFR1を導入、ドミナントネガティブ効果による内因性FGFR1の不活化を試み、in vivoでの増殖抑制効果についてはFGFR2導入と同様の成績が得られた。
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