本研究は近年注目されている摂食嚥下障害のリハビリテーションにおいて、歯科の果たすべき役割を明らかにするために、嚥下機能と歯科的要因の関連を評価するシステムを開発し、さらに口腔内環境の変化との関連の解明を目的としたものである。前年度の研究により、咬合支持および舌連動が嚥下機能に関与することが示唆された。本年度は、嚥下運動をより詳細に検討するために、舌運動とともに嚥下運動の中心となる喉頭運動を測定できるようシステムを改良した。また高齢者では、加齢による歯牙の喪失が生じた結果、義歯装着者が多いことから、口腔内環境の変化として義歯の装着および撤去をとりあげ、中でも装着時と撤去時で変化の大きい全部床義歯装着者を対象に嚥下機能と義歯装着の関連を評価した。義歯装着条件として上下顎義歯装着時、下顎義歯撤去時、上顎義歯撤去時、上下顎義歯撤去時の4種を設定し、舌接触圧データから、一連の嚥下運動を準備期、口腔期、咽頭期の3期に分類してより詳細な評価を行ったところ、以下の結果が得られた。 嚥下所要時間のうち随意運動期である準備期および口腔期所要時間、また嚥下開始から喉頭連動が開始するまでの時問が、上下いずれかの義歯撤去によって有意に延長していた。特に、上顎義歯の撤去による影響は大きく、嚥下時の舌の前方および側方への突出を引き起こし、嚥下所要時間を延長させる主たる原因と思われた。高齢全部床義歯装着者における義歯の撤去、なかでも上顎義歯の撤去は、円滑な舌運動を妨げ、嚥下時の口腔と咽頭の協調性に影響を及ぼし、高齢者の嚥下機能の予備能力低下を増悪させるものと思われた。 本研究の結果より、医療者や介護者によって安易に行われがちな義歯の撤去に再考の必要性が示唆され、嚥下障害のリハビリテーションへの歯料的アプローチとして義歯の装着の重要性が示唆された。
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