研究概要 |
始めに、ガム咀嚼時のヒトの下顎の垂直的運動距離の経時的変化について、数理モデル化を行うことができた。我々は運動の目的関数としてJerk-cost関数(Hogan.,1984)を採用し、咀嚼時の下顎運動が、その円滑性を最大化するようにコントロールされているという仮説に基づいてモデルを記述した。開口時、閉口時ともに、このモデルを用いてシミュレーションを行った結果、最大速度およびJerk-costについて、予測値と実測値との間に高い相関関係が示された。次にこのモデルを発展させ、下顎の三次元的運動距離の経時的変化についてあてはめた。この結果、やはり予測値と実測値との間に高い相関関係が示された。以上の結果より、ヒトについて、咀嚼運動はその円滑性を最大化することを運動の一つの目的として最適制御されていることが明らかとなった。また、以上の研究過程において、咀嚼時の開口運動と閉口運動の境界時刻における下顎運動の加速度は、咀嚼筋を含む下顎周囲を構成する軟組織の粘弾力と強く関連していることが示唆された。さらにガム咀嚼時においては、閉口時のほうが開口時よりも下顎運動は円滑であることが分かった。加えて、グミゼリーの咀嚼を行わせた時のように食塊を粉砕する必要がある場合には、下顎の運動加速度は急激な変化を示し、したがって下顎運動の円滑性は著しく減少することが明らかとなった。この事実から、ガム咀嚼時には食塊を粉砕するという目的よりも、ガムをスムーズに圧接するという運動目的が優先していることが仮定できた。咀嚼の咬合相において、下顎運動軌跡の形とその円滑性とからこの仮定を検証した結果、ガム咀嚼時には、グミゼリーの咀嚼時よりも運動は曲線的で円滑となることが示された。
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