霊長類における野生状態から人工的な状態への食生態の軟食化および高栄養化が頭蓋骨、歯列弓および歯に与える影響を形態学的に解析することが本研究の主な目的である。資料は日本モンキーセンター栗栖研究所所有の、屋久島で捕獲され日本モンキーセンター犬山野猿公苑で飼われていた第一世代と同野猿公苑で生まれ育った第二世代から第四世代までの雌成獣ヤクシマザルの乾燥頭蓋を用いた。頭蓋骨の検討に際しては通常矯正治療の診断に用いられる撮影条件で側貌および正貌頭部X線規格写真を撮影し、写真上で計測点間距離および角度計測を行った。歯列弓は幅径と長径をデジタルノギスと模型計測器で計測した。歯はデジタルノギスで計測した。得られた計測値に対して第一世代と各世代間で統計処理(t検定および主成分分析)を行った。歯周疾患に罹患している資料があり歯列弓は第四世代の個体数が少なかったため、第三世代までを統計処理した。 その結果、顎骨に世代を追って縮小傾向が生じ、特に前歯部の縮小が著しかった。上下歯列弓にも縮小傾向が生じ、下顎歯列弓形態が細長く変化することが示唆された。歯は上顎では側切歯に対して、下顎では犬歯に対して第二大臼歯が小さくなる傾向を示した。 ヤクシマザルの食性は屋久島では果実、葉、種子、花、昆虫およびキノコを食しているのに対し(揚妻、1995)、日本モンキーセンター犬山野猿公苑では餌としてサツマイモ、リンゴ、さなぎ、小麦、果実およびピーナッツを与えられていたことから、この野生状態から人工的な状態への食生態の軟食化および高栄養化が咀嚼回数および咀嚼時間の減少を招くことになり、頭蓋骨および歯列弓形態に変化をもたらしたものと考えられる。
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