研究概要 |
天然有機化合物の全合成研究の途上で見いだした芳香環上のメトキシ基のラジカル的イプソ置換反応は,新たな炭素炭素結合形成反応として,また多環性化合物の新たな構築法として大きな可能性を秘めており,様々な生物活性を有する天然,あるいは非天然有機化合物の合成などへの応用が大いに期待できる.前例の無い興味深い本反応の合成研究への応用に先立ち,その適用限界を明らかにする目的で,分子モデリングなどを用いて分子設計を行い様々な基質に対し検討を行い,以下のような基礎的な知見を得た. まず,本反応の発見のきっかけになった基質につき計算化学的分子モデリングによる解析を行った結果,生じたラジカルとメトキシ基置換ベンゼン環炭素との距離が接近していることが判明した.他の基質を合成し,距離と反応性を検討したところ,本反応はラジカルと反応点の距離に大きく依存する反応であることが明らかになった.これが,本反応がこれまで全く未開拓の分野であった理由と思われる. そこで逆に考えれば,生じたラジカルと反応点(メトキシグループ)を何らかの手立てにより近づければ本反応を生起することができることになる.その手段としてルイス酸性を有し,かつケトンからのケチルラジカルを生成させることができる金属を用いて,ラジカル生成とともにメトキシ基と金属が配位により近づけば水酸基の生成を伴うラジカル的イプソ置換反応による炭素炭素結合形成反応を行うことが可能となるものと期待される.そのような試薬として酸素原子との親和性が高く,また高い配位能を有する2価のサマリウムを用いて検討したところ,予想通り本反応が進行することが明らかになった.即ち,これまで殆ど未知であったメトキシ基を脱離基とする本ラジカル的イプソ置換反応は,距離が近くなれば,即ち近づけることができれば容易に生起する反応であることを明らかにした.
|