本研究は1970年以降の英米系を中心とした科学社会学派の歴史的な研究を主軸とする。科学社会学の動向は70年代後半から80年代にかけて急速な展開を示した「科学知識の社会学」SSkによって代表することができる。それは、科学者だけでなく、科学者が展開する科学理論や科学的概念までをも歴史的、文化的に文脈づけるという相対主義的傾向を強くもっていたため、90年代に入ると科学者の側からの強い反発を招いた。その反発と、科学論者側からの反批判は、90年代なかば、数年にわたってアメリカ知識界を震憾させた。その激論のことを、ややジャーナリスティックにサイエンス・ウォーズと呼ぶ。拙著『サイエンス・ウォーズ』は、その論争の委細顛末と、それの理論的背景となったSSKの通史をえがき、なおかつ、私なりに科学論の伝統をふまえて三つのケーススタディをあげるというものだった。幸運にも山崎賞とサントリー学芸賞を受賞できた。そのときの勉強の副次的な産物が井山弘幸氏との共著『現代科学論』である。 このように、本年は過去数年にわたる研究の成果が形になって現れた年だった。次には、『サイエンス・ウォーズ』のなかで取り上げた遺伝子工学、身体の政治学、環境問題という相互に比較的独立した問題系のなかから、特に最初の遺伝子工学を巡る科学論的な分析を行いたい。本研究最終年度は特に昨年6月のゲノム解読を受けて、ゲノム解読以降の社会に固有に成立する諸問題に関する倫理的、社会的問題分析を遂行したい。それは、科学社会学の歴史というような問題構制より、特化し、深化した問題意識によるものである。
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