教員養成制度は戦前と大きく変わり、戦前の師範系諸学校を母体として男女共学の教育系大学・学部が昭和24年に全国に52校発足した。それまでの小学校教員だけでなく、中学校の教員も養成し、小中教員養成課程でも、希望すれば高校教員免許状を取得できた。さらに高校の教員不足に対して臨時の施策として特別教科教員養成課程が設置された。特教保健体育科は昭和27年から42年にかけて9大学教育学部に設置され、専門的な体育教師養成が行われ、男子より少数の女子が学んだ。しかし、これらの教員養成学部は少子化と高齢化社会の到来により、改組、再編が必要となり、教員免許の取得を卒業要件としない課程の出現を見るに至った。保健体育科からの発展では昭和63年の東京学芸大人間科学課程生涯スポーツ専攻、平成元年の金沢大のスポーツ科学課程の設置以後、「スポーツ」、「健康」、「生涯」、「人間」等をキーワードとして各大学に新課程が設置された。平成10年度に特別教科教員養成課程保健体育科は2大学に残るのみである。 一方、昭和24年の教育職員免法改正により、大学による開放的養成が始まったことにより、教員養成学部以外に体育学部や他学部体育学科等で保健体育科教師が養成された。これらの学部は、戦前の高等師範から発展した大学と、その前身が旧免許法の許可校、指定校であった私立専門学校等から発展した大学と戦後に新設された大学に分類できる。さらに昭和25年に短期大学制度が発足し保健体育科教師が養成された。短大は主として旧免許法の許可校、指定校であった私立女子専門学校等が移行したもので、これらの短大は昭和37年以後、短大併設で女子大学に発展していった。昭和24年の新制大学発足時に体育学部は国立1、私立1で両校へ女子は入学できた。さらに女高師から発展した2女子大学の体育関連学科へも入学できた。大学体育学部は昭和59年まで漸増し14校となった。近年、教員養成から生涯、健康、選手養成へ転換が始まり、学部名も平成5年以後スポーツ健康学部等、スポーツ科学部等に3大学が改称した。短大は教員養成の使命を終え、廃止も続いている。
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