研究概要 |
現在,本州中部では,トウヒ属,カラマツ属樹木は共に分布量が少なく,分布立地も限られていて,植生帯の主要構成要素とは言えない.しかし,最終氷期にはいずれも豊富に分布し,植生帯の主要構成要素であったことがある程度明らかにされている.これらの樹種は我が国の植生の変遷を議論する上で鍵となる樹種といえる.しかし,これらは現在の分布立地すら十分には明らかではなく,まして分布変遷は全ぐ議論されていない.そうした背景から,本州中部におけるトウヒ属およびカラマツ属樹木の分布立地を明らかにし,最終氷期以来の分布変遷を議論することを目的とした.本年度はおもにトウヒ属樹木に着目した.研究実績の概要は;1) 現地調査と文献資料のレビューから本州中部におけるトウヒ属樹木の分布立地を整理した.2) トウヒ属,カラマツ属樹木の分布変遷をより具体的に議論する基礎として,中部日本において,植物遺体の堆積環境を検討した.3) トウヒ属樹木の分布変遷を,現在の研究の進捗の範囲内で再現した. トウヒ属樹木は現在ではおもに岩礫地に分布が限られ,分布量も少ない.これは,すでに実生の定着段階で岩礫土に定着適地が限られることによる.北東アジアでも分布が山岳中腹に分断されている.そうした分布を反映して,大型植物遺体の出現は極めて限定した状況に限られる.トウヒ属樹木の分布変遷に関する現在段階でのシナリオは次のようである:最終氷期時には本州中部で比較的広く分布し,球果の形態などは本州中部全体で連続した変化を示した.ところが,後氷期になってそれらは山岳中腹に小個体群として分断され,いくつかの種,あるいは亜種に分化して現在に至っている.今後は,以上のシナリオをより具体化し,カラマツ属樹木についても同様の検討を加えることが課題である.
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