前年度は0.25keV及び8keVのヘリウムイオン照射による損傷組織の観察を詳細に行ったが、特に今まで研究がほとんど行われてこなかった極低エネルギー照射(本研究では0.25keV照射に相当)によっても試料内に高密度のヘリウムバブルが形成されるといった興味深い結果が得られた。そこで本年度はこの結果を工学的に発展させるべく、ヘリウムバブルが重水素のリテンション特性に与える影響に関する研究を行った。実験の手順及び結果を以下に示す。まず高純度のタングステンに対して常温で8keVのHe^+を2x10^<21>He^+/m^2程度照射し、直径2nm程度の高密度のヘリウムバブルを試料中に形成させた。その後8keVのD_2^+照射を行い、ヘリウムと重水素分子(D_2^+の質量差を測定できる高分解能質量分析装置と、赤外線ゴールドイメージ炉を用いて昇温脱離実験を行った。その結果、高温領域に新たな重水素の放出ピークが形成された。コントロール材(ヘリウム未照射材)ではこの温度領域における放出は見られない。さらに、重水素の迫照射量が増加すると低温側にも多く吸蔵されるようになり、結果的に1x10^<22>D_2^+/m^2では、総吸蔵量が10倍程度に増加した。この原因としては、ヘリウムバブルとタングステンマトリックスとの界面が重水素に対する強いトラッピングサイトとして機能し、さらに高圧のヘリウムバブルがマトリックスにも歪み場等を形成することによって全体の吸蔵量を著しく増加させたものであると考えられた。2カ年にわたる本研究により、水素(ヘリウム)と照射欠陥との動的相互作用に関して重要な知見が得られ、今後の発展が期待される。
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