過去に生じた放射性物質による環境汚染を、樹木年輪中の放射能分析から次のように明らかにした。 原爆の黒い雨の降雨域で生育した長崎産スギと広島産スギ、および比較のため原爆の影響を受けていない山形県で生育したスギ樹幹中の^<90>Sr、^<137>Csを測定した。原爆の影響を受けた長崎産スギ樹幹中の^<90>Srの測定結果から^<90>Srが年輪間で移動することが分かった。 スギ樹幹中のSrの移動性を詳細に調べるため、生育中のスギに塩化ストロンチウム溶液を注入し、約8月後に伐採して、樹幹中のSr分布をPIXE分析法で調べた。Srは心材、形成層のいずれの方向にも拡散移動したが、心材部へは移動しなかった。この結果を用いて長崎産スギの^<90>Srの年輪分布の補正を行ったところ被爆した1945年に相当する年輪に明瞭な^<90>Srのピークが認められた。原爆の直接的影響を大気圏内核実験のフォールアウトから分離して実験的に明らかにすることができた。広島のスギでは樹齢が少ないこともあり長崎のスギのような明瞭なピークを示さなかった。 スギ樹幹中の^<137>Cs分布はK元素の分布とよく似ており、心材部で1945年以前の年輪からも同じレベルで検出された。これはCsがアルカリ金属元素で化学的性質がKと似ており心材部でも容易に移動した考えられる。 次に、樹木の成長阻害と重金属元素濃度の関係を調べた。サクラとウメに関して健全木と生育不良木の樹幹中に存在する22元素を放射化分析法、PIXE分析法およびICP-MS分析法で測定した。いずれの元素も樹木の成長を阻害するほどの高濃度では存在しなかった。しかし、一部の樹木で、マンガン、ニッケル、亜鉛などの元素に1987年頃の年輪でピークが認められた。この結果は過去の重金属による環境汚染の変遷を年輪中に記録している可能性を示唆している。
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