伊良部島の佐良浜は、池間系漁民の分村で沖縄漁業のいわば先進地であり、佐良浜の人々は陸に土地をほとんど持たず農業に依存しない特化した漁業者である。日本各地の漁業が大型化し遠洋化を進めるなかで、宮古島周辺は珊瑚礁の海域での潜水漁を盛んにおこない続けた。しかし90年代にはいって、宮古島周辺でも観光ダイビング業が急速に増加していく。潜水漁業者とダイビングショップのあいだで海の利用権をめぐる確執が起きたのはそうした時期であった。 漁協とダイビングショップの代表者は、裁判や調停によって、漁業権や金銭補償の観点からこの問題の解決方法を探ろうとしてきた。そして2年近くにおよぶ交渉の結果、両者は合意にいたった。 しかし、個人の潜水漁師の誇りや不安は必ずしも補償によって解消されるものではなかった。「海はだれのものか」という根元的な問いかけは、利用料をやりとりする場で議論するにはあまりに漠然としており結局交渉の過程で積み残されてしまった。 まず調査では、漁業者たちの漁場に関する知識、地理的認織、実際の漁における時間的空間的利用を調べることにより、彼らの海に対する認識を明らかにしていった。 そしてそれを観光ダイバーのものと比較した。たとえば観光ダイバーがつけた新しい地名は、古くから漁民が使ってきた地名とはほとんど関連性がなく、自分たちの興味に基づいてまるで植民地のように宮古の海を浸食していた。 最後に、海を利用するものたちが伝統的に作り上げてきた権利のあり方について考察した。漁民にとっての海の所有意識とは、彼ら個人が持つ多様な知識そのものが根拠になっていた。それは、排他的に領域を囲い込む農耕民的土地権利意識とは大きく異なる。いわば互いの知識の違いを利用して共同利用者どうしが権利を保証しあうという開かれたシステムだった。
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