研究概要 |
グルタチオン生合成の律速酵素であるγグルタミルシステイン合成酵素(γ-GCS)を特異的に阻害する化合物を、酵素の反応機構にもとづいて論理的に設計する目的で研究を行った。本酵素は、反応中間体としてγグルタミルリン酸を生成し、ついでシステインによる求核置換による四面体型の遷移状態を経て反応を触媒していると考えられる。そこで、γグルタミルリン酸中間体のアナログであるL-グルタミン酸ホスホノジフルオロメチルケトン誘導体1と、遷移状態アナログであるL-グルタミン酸ホスホノフルオリデート2を合成し、γ-GCSと共通の反応機構をもつグルタミン合成酵素(GS)を含めた、いわゆるATP依存性アミド合成酵素に対する阻害活性を指標に評価した。その結果、中間体アナログである化合物1はいずれの酵素に対してもほとんど阻害作用を示さなかったのに対し、遷移状態アナログであるホスホノフルオリデート2はGSに対して阻害活性を示し、基質であるATP,NH_3の共存下で、時間依存的な酵素の部分失活を引き起こした。このことは、共通の反応機構を持つγ-GCSおよびGSが、求核置換反応における遷移状態を強く認識しているのに対し、反応中間体はそれほど強く認識していないこと、すなわち、γグルタミルリン酸中間体は酵素の中で過渡的に生じるにすぎず、すぐにシステインあるいはアンモニアの求核攻撃を受けて生成物へと至る反応機構をとっていることが示唆された。これは、両酵素がいわゆるsequential機構で反応を触媒しているという速度論的事実と符合する。また、ホスホノフルオリデート2が基質の存在下でGSの部分失活を引き起こし、ATPのアナログの存在下や基質がない状態では酵素の失活が見られなかったことは、化合物2が本酵素のmechanism-based inhibitorとして作用していることを示唆している。化合物2はまた、グルタチオン生合成の逆反応、すなわちグルタチオンの加水分解に関与するγグルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)の強力な阻害剤になることを見いだし、これを用いてGGTの活性中心を同定することにも成功した。一方、類似の反応機構をもつアスパラギン合成酵素(AS)についても、四面体型のスルホキシミン誘導体である遷移状態アナログを合成し、その阻害活性を調べたところ、時間依存的に酵素を失活させる非常に強い阻害活性が認められた。阻害剤は基質の2万倍以上の親和性で酵素と強固に結合し、ASの不可逆的な失活を引き起こした。X線結晶構造解析により酵素(AS)-阻害剤複合体の立体構造を解明し、遷移状態における酵素の構造を明らかにした。
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