ビオチンは生物の成育に欠かすことのできない物質(ビタミン)で、脂肪酸の合成などにおいて重要な役割を果たしている。その細胞内での作用の仕組みは近年かなり良く分かってきたが、食餌等から取り入れたビオチンがどのようにして細胞内は到達するかについてはあまり良く分かっていなかった。他のビタミン等と同様に、ビオチンの細胞内への輸送には、特有のトランスポーターが介在することが知られていたが、その実態は殆ど不明であった。私どもはo461として知られていた大腸菌の仮想的な膜タンパク質の遺伝子を破壊することによって細胞内へのビオチンの取り込みが顕著に減少することから、このものが大腸菌のビオチントランスポーターの遺伝子をコードすることを突き止めた。そこで酵母やヒトなどの真核生物のビオチントランスポーターの同定にも取り組んだが、研究が進行中に外国のグループによって先に報告されてしまった。興味深いことに、大腸菌と酵母のビオチントランスポーターのアミノ酸配列に必ずしも高い相同性はなく、また哺乳類のトランスポーターはビオチンの他にリポ酸やパントテン酸も輸送する多機能のものであった。 一方、細胞内へ取り込まれたビオチンの働きについても精力的に研究を進めた。ビオチンはアセチル-CoAカルボキシラーゼやピルビン酸カルボキシラーゼなどの補酵素として重炭素の固定に重要な働きをしている。これらの酵素は複数の機能ドメインをもつ複雑な構造の酵素であるが、各ドメインの役割およびビオチンの働きを解明するために、触媒機能に不可欠と推測される残基の部位特異的変異を行ったり、当該ドメインを酵素間で入れ替えたキメラ型の酵素を作製し、性質を調べた。これらの研究によって、ビオチンの機能と働きを一層良く理解できるようになった。
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