脳血管障害において、神経細胞は虚血や虚血再灌流後の酸化的ストレス等により細胞死に陥ると考えられているが、血栓の局所で産生される高濃度のトロンビン自体が神経細胞に直接アポトーシスを誘導する可能性が示唆されている。トロンビンによる神経細胞のアポトーシスの誘導にはトロンビンレセプター(PAR-1)が細胞死の誘導に関与すると考えられている。トロンビンレセプターは、7回細胞膜貫通構造をもつG蛋白共役型受容体の一つで、細胞内シグナル伝達機構にはCa^<2+>の動員とG蛋白の共役が重要かつ不可欠と考えられているが、その詳細な分子機構には不明な点が多い。申請者らは、これまでにゲル内リン酸化法を用いて、トロンビン刺激により新たに特異的に活性化される33kDaのカゼインをin vitroの基質とするリン酸化酵素を発見し報告してきた。この33kDaリン酸化酵素はトロンビン濃度依存性に刺激後5秒以内に活性化されるセリン・スレオニンキナーゼであり、トロンビンレセプターアゴニストペプチド(TRAP)の刺激でもトロンビン同様に活性化されたが、プロテアーゼ活性を阻害したDIPトロンビンやヒルジン処理トロンビンでは活性化されなかった。また、EGTAとBAPTA-AMにより細胞内外のCa^<2+>イオンをキレート化すると、トロンビンによるこのリン酸化酵素の活性化は起こらなかったことより、33kDaリン酸化酵素は、PAR-1を介する情報伝達系において重要なリン酸化酵素であると考えられる。さらに、この酵素の基質を調べるために、PAR-1の細胞内ドメインをPCR法により増幅し、大腸菌にグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白として発現させた。この融合蛋白をゲル内リン酸化法のin vitroの基質として用いたところ、この33kDaリン酸化酵素はPAR-1の細胞内ドメインをリン酸化した。以上の結果から、この33kDaリン酸化酵素はトロンビン濃度依存性に刺激後5秒以内に活性化されるセリン・スレオニンキナーゼであり、PAR-1を介するシグナルを伝達し、かつPAR-1の活性制御に関わる極めて重要なリン酸化酵素であると示唆された。
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